車窓の地学
矢島道子
アメリカでGeological Highway Mapの恩恵に浴した地質学者は多いと思う。日本では高速道路ではなく、電車の車窓から見える地質説明書を作ろうとしたことがある。
戦後すぐ、1946年11月、目黒書店から「地球の科学」という雑誌が発行された。創刊の辞を加藤武夫が書いている。小林貞一と藤本治義が地学の普及や地学教育の資料を提供しようとした雑誌である。そのひとつの例として「車窓の地学」と題する一連の文章がある。1948年「地球の科学」が季刊となったときの試みである。各地の幹線沿いに見える風景から地質学上の解説を行うという趣向である。東海道線の浜松から静岡までを槇山次郎(京都大学)、常磐線は半澤正四郎(東北大学)、北陸線(直江津から金沢まで)は石井逸太郎(旧制富山高校)が書いている。この号には新野弘の書いた「潮干狩の地学」や小野寺透の書いた「さざれ石の巌となりて」などという文章もある。
東海道線は「静岡へ下り列車が入る前右手北側や左手南側に孤立した丘が二つ三つみえる。あれはホッグバックである」という文章から始まって、阿部川、焼津、藤枝、島田、金谷、掛川、袋井、天竜川をわたって浜松に着き、「うなぎ丼」を思い出して終わる。次の文章は、小林国夫の「浜名湖上の地学的散策」で浜名湖の成立や湖岸の古生層の記載が並んでいる。編集もこっている。
常磐線は仙台から岩沼、中村、原ノ町、四ツ倉、高萩、日立まで、トンネルごとに窓の開け閉めをして、煤で真っ黒になりながら、地層の観察をしている。北陸線も糸魚川、黒部川、魚津、富山、立山連峰、倶利伽羅峠と変化に富む地形と地質をよく記載してある。
読んでいて面白いが、最近はこのような記載をあまり見たことがない。団塊世代向けのゆっくりした電車の旅用に、現代版『車窓の地学』が編まれてもよいなあと思う。
更新日:2007年4月14日