災害民話「岩松さまのこま犬」

岩松 暉


 むかし、あったてんがの。
越後の国栃尾郷の山奥に新山(あらやま)という村があったてや。あるとき山犬が現れ、7日7晩ウォーンウォーンと鳴き続けたと。そんで村人は気味悪りがって一人去り二人去り、とうとうみんな逃げ出してしもうた。その夜、グォーというものすごい音と共に山抜け(地すべりのこと)が起こって部落は全滅してしもうたてや。したども、人は誰っれも死なんかったそうな。
 つぐ(次)の朝、たった一つ残った岩松さまの屋敷鎮守(巣守社)さ、みんなガヤガヤと集まってきた。一人がとんきょうな声を上げた。
 「あれー、こま犬さまの足さ、べと(泥)がいっぺことついておるでねーかや」
 「そうか、ほいでわかった。あの山犬はこのこま犬さまだったんだべ。神様がこま犬を使わしておら達を逃がしてくださったに違いない。」
 「んだ、んだ。そうに違いねえ。あー、ありがたや、ありがたや。」
 これで息がポーンとさけた。

 上記は、新潟県長岡市(旧栃尾市)に伝わる民話である。私が子どもの頃、祖母から聞いた。土砂災害の再来周期は100年〜数100年のオーダーである。祖父母が子どもの頃、その祖父母から聞いたというくらいの長い期間だから、核家族化した現代、伝承は難しい。現代の災害民話が必要なのかも知れない。なお、この地域には地すべり地形が多数存在する。新潟県中越地震でも被災した(岩松家の墓石も転倒した)。

[注1]
 地すべりの直前には、岩と岩がこすれあったり、木の根が切れる音がすることがある。また、風もないのに木の枝がざわざわと鳴ったりすることもある。いずれも前兆現象の一つである。このような不気味な音を山犬の遠吠えにたとえたのだろう。要するに、この民話の狙いは、地すべりの前兆現象があったら即刻避難するよう子孫に伝えたものだと思われる。栃尾市史によれば、この地域には宝暦10年に大規模な地すべりがあったとのことである。
[注2]
 神社仏閣は尾根筋や高台の不動地にあることが多く、避難地として適していることが多い。
[注3]
 屋敷鎮守とは個人の屋敷内にある神社のこと。巣守神社は、岩松家が貧乏したため、現在では個人所有ではなく、移築されて地区共有の守門(すもん)神社となっている。この社の中に木彫の狛犬が保存されている(写真)。もっともこの狛犬が当時のものかどうか不明である。


更新日:2007年4月5日