スマトラからアンダマン諸島そして
ミャンマーに至る地質構造について
GUPI会長 大矢 曉
先号に掲載しましたように、編集部では加藤産総研東北センター長にスマトラ沖地震のテクトニクスについて解説をお願いしておりました。 これとは全く独立に大矢会長が同地域の地質構造についてまとめておられたとのことです。 ここにご紹介します。

1.スマトラからミャンマーに至る地震分布と地質構造
 私は世界地震安全機構(World Seismic Safety Initiative-WSSI)のメンバーとして、これまでミャンマー、マレーシア、シンガポール、インドなどで地震防災に関する啓蒙・教育活動に参加してきた。 とくに、WSSIが2003年12月にバンコックで開催した第三回国際ワークショップで、ミャンマーの地震防災を促進するべくミャンマー小委員会を組織し、その委員長となった関係で、ミャンマーの気象庁、ミャンマー工学会、ヤンゴン大学の研究者たちといろいろな活動を進めてきた。
 2004年2月にヤンゴンで開催したワークショップでは、WSSIがミャンマーに独自の耐震設計基準を設定することを強くリコメンドした関係から、ミャンマーならびにその周辺の地震環境に関するプレゼンテーションをし、サイスミックゾーニングに関する議論をした。 そのときに準備した資料を使って、ミャンマーの地震環境について始めに述べる。
 ミャンマーの地質構造は大変ユニークで基本的にインドーオーストラリアプレートとユーラシアプレートの境界となるサブダクション構造線の延長がミャンマー西部国境沿いを北上する。 また、ミャンマーの中央部を南北に走るSagain断層(ビルマ中央断層)は活動度の高い右横ずれ活断層で過去の被害地震の多くはこの地震に沿って発生している。
 USGSのNEIC地震カタログをもとに1960-2003年に発生したM4以上の規模の地震を深度別にプロットしたものを図-1に示した。 ミャンマー西部、インド及びバングラディシュとの国境(ほぼプレート境界となる)から東に移るほど発生地震の震源深度が深くなることが理解される。 地震の分布はプレート境界線と平行する深度ゾーニングを示し、Benioff-Wadachiゾーンが形成されていると解釈される。その深度は150km以上に達している。 このような、沈み込み帯の特徴といえる地震帯があるとすれば、その深度が100-150kmに達するあたりには火山があってしかるべきではないかと考え地質図で探すと、最近ではあまり活動が顕著ではないようであるが、ほぼ地震発生深度150km付近で火山フロントがあることが確かめられる。
 構造的にサブダクションであることの証拠としては、1)海溝の存在、2)Benioff-Wadachiゾーンの存在、3)100-150km深度の地震帯上で火山が存在、という3条件が必要であると考えるが、ミャンマー西部では2)、3)の条件は満たされるものの、海溝が見られない。スマトラからアンダマン諸島までは海溝が続いているが、アンダマン諸島の北で海溝地形は見られなくなる。 そのために、サブダクション境界はアンダマン諸島付近までで終わり、それ以北は一種のトランスフォーム断層に変わる、あるいはコリージョン境界に変わるなどいろいろな意見がこれまであったのであるが、ミャンマー西部の地震分布が明らかなサブダクション型の特徴を示すことから、海溝構造は認められないが、おそらく新規の堆積物によって海溝が覆われたためではないかと推測できる。
 いずれにしても、大変明瞭な地震発生深度が地形や地質構造に沿って並ぶことから、Benioff- Wadachiゾーンの深度コンター(アイソバス)を書くことが容易である。
 スマトラは典型的なサブダクション構造をもっており、いろいろな研究が進められているが、CaltechのSiehによりコンパイルされたものから、北スマトラの地質構造(サブダクションプレート境界としての海溝、Benioff-Wadachiゾーンのアイソバス、火山の分布、大スマトラ断層を始めとする活断層構造など)を引用し、スマトラからミャンマーに至る地質構造図をまとめると図-2のようになる。 この図も、2004年2月にミャンマーで開催したワークショップで議論するための資料としてまとめたものであるが、幸いに今回のスマトラ沖地震震源域をカバーする資料になった。
 アンダマン諸島からニコバル諸島にかけてのサブダクション構造に関しては周辺の地震の深度分布から確かめられる可能性がある。 とくにアンダマン諸島の東百数10kmには火山が存在する。 この火山の付近をBenioff-Wadachiゾーンの150km程度のアイソバスが通る可能性が高い。 この図にGSFとして示した大スマトラ断層は右横ずれ活断層である。 この断層がアンダマン海盆でエシェロン型の複数の断層に分かれミャンマー中央部を南北に走る、Sagaing断層(ビルマ中央断層)に繋がるものとした。
 参考に、この地区全体をカバーする最近13年間の地震活動について図-3にまとめた。 図中赤が40km以浅、黄色、緑、青と深くなり青では160km以深となる。 図中青の楕円でマークした部分は西から東に地震発生深度が深くなっていく状況すなわちスブダクションの構造が認められる部分である。 地震発生の密度はアンダマン諸島の北、北緯14度付近から北緯20度付近までは少なくなる。 この付近はちょうどプレート境界の方向が北東北に向きを変えるところでインドオーストラリアプレートの移動方向と並行する部分になる。
 図―2の作成にあたっては、このような地震発生の共通する特徴から、スマトラ沖のサブダクション境界は、形を変えながらミャンマー西部まで延長していると考えて作成した。
 海溝が見られないことから、従来の説のようにミャンマーではサブダクションではなく、コリージョンと考えるのが妥当なのかもしれないが、コリージョンであってもインドプレートが衝突する力によってかつてのサブダクション面が構造的な断層面になってインドプレートがユーラシアプレートの下にもぐりこむような、特殊なサブダクション構造になっているといえるかもしれない。
 そのようなサブダクションの動きがミャンマーではSagaing断層までは続くのであるが、Sagaing断層の東では殆どすべてが浅い震源(50km以下)の地震に変わる。 

2.今回のスマトラ沖地震の特徴と余震分布
 今回のスマトラ沖地震の余震分布をUSGSの資料をもとに図-4に示す。
 図-4には12月26日に本震が起こって以後、12月31日UTCタイム3時までに発生したマグニチュード4.5以上の余震の分布が示されている。 また、この地震マップに図―2に示した主要な断層構造を示した。
 今回の地震の特徴は、きわめて広大な範囲にわたって構造的な断層が発生したことである。 その延長は余震域の分布から考えて1000kmに及んでいる。 仮に、日本で東海地震と東南海地震、南海地震が連続一体型の地震として起こったとしても、その延長は500km程度にしか過ぎないから、1000km延長の構造断層が一度に起こったということは、きわめてまれに見る大地殻運動といえる。
 この地区のプレート区分は基本的にインド-オーストラリアプレートとユーラシアプレートということが出来るが、ここでは説明の便宜上、ユーラシアプレートを、二つに分けて説明したい。 1)はサブダクション境界からGreat Sumatran Fault(大スマトラ断層)―Sagain Fault(サゲイン断層)に至る、サブダクション境界にほぼ並行する帯状のプレートで、これをビルマプレートと呼ぶことにする。 2)はGreat Sumatran Fault-Sagain Faultより東側の部分で、これを東南アジアプレート(South-east Asian Plate)と呼ぶことにする。
 今回の地震では、北スマトラからアンダマン諸島北部に至るサブダクションプレート境界に沿って約1000kmに及ぶ広大な範囲の断層が活動したと考えられる。 12月31日までの5日間の余震発生を見ると、この1000kmに及ぶ範囲で継続的に起こっている。 余震の起こっている部分の東西方向の幅はおおむね200km程度であり、アンダマン諸島周辺では幅100km程度になっている。
 この規模が如何に大きなものであるかを、北アナトリア断層に沿って起こった地震と比較してみよう。 図-5に示したように、北アナトリア断層は総延長1000km、Marmara海に延長していることを考えれば1200kmに及ぶ右横ずれの大構造断層である。 しかし、この断層は1939年に北アナトリア断層の東の部分でM:7.8の地震が発生して以来9回に亘って繰り返し地震を発生させ、東から西に震源地域を移動している。最後の地震が1999年のKocaeli地震であり、次の地震はイスタンブールを直撃するとして注目された。 今回の地震は北アナトリア断層で60年かけて9回の地震を起こしてきたものと同じ延長の地殻破壊を一回で起こしたものであり、まことに稀有な大規模なものであると言わねばならない。 この規模を日本列島の大きさと比較すると、図-6のようになる。 この図でわかるように仮に本震が三陸沖で起こったとすれば、余震域の範囲は四国沖に達する規模である。
 今回の地震による被害は津波によるものが少なくない。史上最悪の津波災害と言うことが出来るが、津波に対するパブリックアウエアネスの不足、プレペアドネスの準備が全く無かったことにより被害を著しく増幅させたことは明らかであるが、それにしてもこのような想像を絶する大地殻変動による被害として捉えることが重要である。

図-1 ミャンマー中南部からアンダマン諸島にかけての
地震分布(M:>4.0 1960-2003 NEICデータによる)
図中 赤:0-50km 黄:50-100km
緑:100-150km  青:150-200km (大矢原図)
地形図はUSGSがCCOPとの協力プログラムで作成した
1994年版

図―2 スマトラからアンダマンを経てミャンマーに至る地質構造図   [編集部註: 図をクリックすると拡大します]
(2003年2月大矢作成-WSSIミャンマーワークショップで発表)

図-3 スマトラ-アンダマン-ミャンマー周辺の地震分布
1990.01-2003.11約14年間に発生した地震(深度区分) ソース:NEICデータ  [編集部註: 図をクリックすると拡大します

図-4 スマトラ沖地震の余震分布と地質構造
余震分布はUSGS地震マップによる(12・31・04現在のもの)
 [編集部註: 図をクリックすると拡大します]


図-6 スマトラ沖地震の余震域の広がりと
同縮尺でオーバーレイした日本列島の
大きさの比較(余震分布はUSGS地震マップ12・28・04現在のもの)
[編集部註: 図-5,図-6共,図をクリックすると拡大します]
      図-5 北部アナトリア断層(トルコ)に沿う地震の移動

3.どんな調査・研究をする必要があるか、
 今回の地震被害はまことに悲惨なものがある。 このような大地震が起こること、それによる津波被害が起こることを予測できたであろうか。おそらく、スマトラからミャンマーに至るプレート境界が大きく動き大地震を発生させ、それが大きな津波を発生する可能性のあることを予想して検討し、対策を立てることを提案できた地震学者、地震工学者、構造地質学者はいないのではないかと考える。
 ちなみに私は2003年2月にミャンマーで行ったワークショップで、アンダマン諸島付近で大地震が起こる可能性があること、その場合にはミャンマーに影響を及ぼす津波の問題について検討する必要のあることを提言した。
 今回の津波では大量の土砂が内陸に運ばれ、道路も家の中にも津波堆積物といっても良い土砂が堆積した。 津波の被害調査に併せて、今回の津波の堆積物について系統的で詳細な調査を行うことを提案したい。 今回のような実際の被害程度が明確な津波に対して、海岸からどの程度の距離まで津波堆積物が堆積したのか、粒度構成や堆積物の厚さ、津波堆積物の特徴、などが徹底的に調べられることが望ましい。 そのようなデータベースが構築されると、過去の津波の痕跡を考古地震地質学的に調べる際に重要な資料になるに違いない。 それにより、過去の津波の歴史や規模、再来年数に関する検討が可能となる。
 もちろん、今後津波の検知、早期警報の発信を検討することも重要である。 津波の規模に関して精度を上げるシミュレーションを行うためには精度の高い海底地形図が必要である。 とくに、人口の多い海岸都市、重要集落、観光地などでは将来精度の高い海底地形図の作成が望ましく津波予測計算の精度を向上する。
 津波が起こってから、僅か2-3日で多くの研究機関で津波シミュレーション計算が行われ、アニメーションとしても提供されている。 このような計算がどうして事前に出来無いのであろうか。 確からしい地震想定は現在の知識を使えば可能である。 陸域では、大都市の地震リスクの評価を行うためにサイスミックマイクロゾーネーションの技術が確立し、それにはシナリオ地震と呼んでいる可能性の高い地震を想定してシミュレーション計算を行っている。 海域における津波のシミュレーションについても、想定した地震に対して計算することは十分可能であり、それ故に僅か2-3日で素晴らしいシミュレーション計算の結果が提供されているのである。 しかし、起こってからの計算では役に立たない。 精度が悪くても、起こる前に検討をして、それを行政のみならず現地の住民に至るまでパブリックアウエアネスを広げ、プレペアドネスの必要を教育啓蒙することが重要であることを強調したい。
 また、今回の地震でスマトラからアンダマン諸島に至るビルマプレートとインドオーストラリアプレート間に蓄積された地殻の応力はアンダマン諸島付近までは開放されたと考えられる。 この活動によって、ビルマプレートのアンダマン諸島より北側の部分には、地殻応力の移動・再配分が行われ、新たな応力集中個所が形成されたと考えられる。 これは近い将来に、ミャンマーやバングラデッシュに大きな被害をもたらす地震が起こる可能性を高めたと考えるべきである。 この地域の地震リスクの評価を緊急に進めるべきである。1999年に発生したKocaeli地震によってイスタンブールの地震リスクが大きくなったとして国際的に地震リスクの評価、対策検討が進められたと同じように、ミャンマー・バングラデッシュに対する地震リスクが極めた高くなったことを考え、調査研究するとともに地震計やGPSなどによる観測強化を検討することが必要である。     以上   (2005年1月5日記 1月7日修正)