第2回 宮澤賢治ジオツアー 実施報告
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1)はじめに
 5月16日(土)~17日(日)に第2回宮沢賢治ジオツアーを、岩手県一関市~奥州市周辺の賢治ゆかりの地を対象に実施しました。
一般参加者14名、5名がリピーター、ご夫婦が2組でした。 
 遠くは関西から2名の参加がありました。 年齢の最高齢は80歳の男性です。
 案内者は前回に引き続き、産業技術総合研究所 地質調査総合センター代表加藤碵一氏、施行者側からGUPIの清水、(有)ジオプランニングの立澤を加えて総勢17名でした
2)旅程
 5月16日(土)
   ・12:00 東北新幹線一ノ関駅 集合
   ・一関市東山町「石と賢治のミュージアム」(太陽と風に家、双思堂文庫、旧東北砕石工場)見学
   ・同 「三菱マテリアル長坂鉱山」見学
   ・猊鼻渓(げいびけい)舟下り
   ・一関市 厳美渓温泉「いつくし園」宿泊
   ・夕食後、加藤氏による「賢治の夕べ」
 5月17日(日)
   ・朝食後、厳美渓散策
   ・9:15 宿舎出発、西磐井郡平泉町 「達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂」見学
   ・奥州市水沢区 「奥州宇宙遊学館(旧緯度観測所)」見学
   ・奥州市江刺区 種山高原 道の駅「ぽらん」で昼食後、同高原内の立石、物見山周辺散策。 「星座の森」センターハウスにて休憩
   ・奥州市水沢区 「黒石寺」見学
   ・16:00 東北新幹線水沢江刺駅にて解散
3)旅のスケッチ
 ☆東北新幹線一ノ関駅に全員時間通り集合、小型マイクロバスに乗り込み大船渡線「陸中松川」駅近くにある「石と賢治のミュージアム」に向かいました。
 ☆山は新緑のなかに藤の花が美しい季節でした。館長の藤野氏の歓迎の挨拶を受け館内を丁寧に案内していただきました。
  “太陽と風の家”館内の鉱物標本館では世界中の珍しく美しい鉱物が見られます。
  念願の金剛石が今年陳列台に並び、賢治の作品に出てくる鉱物がすべてそろったと館長から報告がありました。
  “双思堂文庫”の名称は宮沢賢治と東北砕石工場創業者鈴木東蔵の「農民救済」にかける二人の思いなどに由来するそうで、宮澤賢治に関係する書籍のほとんどがそろっているそうです。
 ☆“旧東北砕石工場”は“太陽と風の家”と隣り合わせにあります。 石灰岩を肥料用原料として採取する目的で大正13年に創業され、昭和53年まで操業されておりました。
  その後「文化財登録制度」による産業近代化遺産として登録されています。 この工場で賢治は創業者鈴木東蔵からの強い要請で晩年技師として活躍をしました。 坑道入口脇に立つ、昔の写真から復元された賢治と工夫達との群像の前で全員の記念写真を撮りました。
  三菱マテリアル岩手工場長坂鉱山は、このミュージアムから砂鉄川沿いの低地を挟んで向かい側の丘陵地にあります。
  やはり東北砕石工場の鉱床と同じ岩体である、古生代の石灰岩を対象にセメント原料、肥料用さらに砕石用等に採掘しています。
  採鉱課長佐藤氏のご案内で、露天掘り方式によるダイナミックな採掘現場の様子を車中から見学しました。
  外部からは一切見えない様に、また、騒音・粉塵も場外に漏れないようにきめ細かな対策をとって採掘を進めておられました。
 ☆猊鼻渓(げいびけい)は長沢鉱山の東隣にあって、石灰岩の高さ100mに達する岸壁からなる北上川左支砂鉄川沿いの渓谷で、猊鼻の由来となった獅子鼻岩で有名です。
  日本百景のひとつにも数えられています。賢治の詩の中に、この獅子鼻岩の描写が出てくるのですが、これがこの猊鼻渓のことか、または北上川本川の流路にまつわる描写か、論争の種になっているそうです。
  それがミュージアムの藤野館長さんのお話によると、今年になってこの猊鼻渓を直接描写した賢治の詩の草稿が発見され、賢治がかって此処を訪れていたことが証明されたことにより、上記の論争に決着の可能性がでてきたそうです。
  賢治の面影を瞼に、川面を流れる船頭さんの民謡にうっとりしながらの舟下りでした。
 ☆16日の宿泊は、栗駒山を源流として東流する磐井川の中流にある厳美渓の温泉宿「いつくし園」。 入浴、夕食後に「賢治の夕べ」を開きました。
  案内役の加藤氏が資料を用意され、“賢治とジオ”のタイトルでGeologist賢治の文学の世界を映像でお話しされました。
  一日の疲れもあり夢の中で話を聞いている人と、熱心に質問をする人などもいて、9時ごろに終了、就寝となりました。
 ☆17日は早朝雨音が聞こえるほどの雨でしたが、旅館を出る頃には小降りになりました。 傘をさして厳美渓を見学したあと9時頃に宿を出発、達谷窟毘沙門堂(坂上田村麻呂大将軍東征の霊跡)へ向かいました。
  小雨の中、賢治の詩にも出てくる蝦夷の悪路王が籠もっていたという凝灰岩洞窟中のお堂、本邦最北端といわれる磨崖仏等を見学しました。 昨年の栗駒山周辺の大地震により、お堂前庭の大きな石灯篭の一つが未だ倒れたままでした。
 ☆水沢の旧緯度観測所、現在の奥州宇宙遊学館は、市民に開放された科学博物館として再利用されています。 一つの展示室「風」には、賢治と旧緯度観測所との関わりが展示・説明されていました。 旧緯度観測所は、「風の又三郎」や「銀河鉄道の夜」といった賢治の作品が生まれるきっかけとなった場所と考えられているようです。 また参加者は4次元体験シアター室で、銀河のはて137万光年の先までの宇宙の旅を堪能しました。
 ☆その後、水沢から一路国道397号線を東方の北上山中、種山高原へ。 小雨がやむ気配なく振り続いていました。 大正6年にはじめて種山高原を訪れた賢治は、高原一帯の風景と気象に魅せられて、以後何度も訪れて「風の又三郎」をはじめ、この高原を舞台にした数多くの作品を残しました。
  種山高原の道の駅「ぽらん」で昼食を食べたあと、賢治の詩碑がある種山ヶ原の中の「立石」地点へ向かいました。
  このころには風も出てきて寒さがこたえました。 種山ヶ原は霧で視界が悪く全体を見渡すこともできませんでした。 物見山は登山口まで行って早々に引き返しました。
  休憩のためやはり同高原内にある、奥州市運営のアウトドアリゾート施設「星座の森」のセンターハウスへ行くと、石油ストーブが赤々と燃えていて救われた気がしました。 しばらく暖を取った後、近くの広場にある風の又三郎のブロンズ像をカメラに収めたりして少し心残りを胸に種山ヶ原を出発しました。 賢治の詩の一節に、“種山ヶ原はいつも雨だった”とありますがその情景、および童話「風の又三郎」の雰囲気そのものを少しばかり体験できたような気持ちになりました。
 ☆帰路少し時間に余裕があったので、天台宗の名刹「黒石寺」に立ち寄りました。 この寺では旧正月に「蘇民祭」という賑やかな裸祭りが行われているようで、最近世間的に話題になったお寺です。 女性の住職からお寺の由来などを伺ったあと、終着水沢江刺駅に向かいました。
 ☆予定通り、16時に駅で解散いたしました。
 ☆最後に、大変立派な解説資料を準備して現地で精力的にガイドして下さった産総研の加藤さん、「石と賢治のミュージアム」の藤野館長および三菱マテリアル長坂鉱山の佐藤課長様に厚くお礼申し上げます。

(左)石と賢治のミュージアム 入り口       (右)三菱マテリアル長坂鉱山